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【インタビュー:テレビを書くやつら】テレビ解説者・木村隆志(前編)〜テレビと視聴者を結ぶ解説者はどう生まれたか〜

2018.03.22

テレビについての記事を意識して読んでいる方なら、テレビ解説者・木村隆志の名を目にしたことがあるはずだ。あるいはテレビ番組に出演したのを見たことがあるかもしれない。ネットであまたの記事が洪水のように流れてくる2010年代、木村隆志氏はしなやかで、でも芯のある“解説者”としてポジションを確立しつつある。ひとたび名前を認識すれば、毎日のように彼が書いた記事を目にしていることに気づくはずだ。本サイト「読みテレ」でも書き手としてすでにいくつか寄稿している。連載「テレビを書くやつら」第二弾は、まさに毎日テレビを書いている木村隆志氏に迫る。いったいどんな経歴で、テレビについてどう考えているのか。じっくり聞いてみた。
【聞き手/文:境 治】

テレビが大好きな浜松の普通の子どもだった

-子どもの頃からテレビが好きだったんですか?

はい小学校2、3年の頃からプロ野球ニュースを11時45分まで、目にクマを作りながら見てました。家族みんなテレビ好きで。私はいま40代ですけど同世代の中ではテレビを見ていた方だと思いますよ。「全員集合」から「ひょうきん族」に切り替わる時代でした。タケチャンマンとかブラックデビルとか学校でみんな真似してました。欽ちゃんや巨泉さんの番組も見てましたね、「欽どこ」とか「ハウマッチ」とか。

-小学校時代はフジテレビ全盛のころですかね。

ドラマもそうだし「おニャン子」も見てました。フジテレビは楽しいびっくり箱みたいな存在。子どもの琴線に触れる番組がたくさんあり、娯楽的な番組の勢いがすごかったですね。

-やっぱり小学校時代にテレビに関わる仕事をしたいと思ったんですか?

いやいや田舎の学校なのでまったくの一視聴者でした。静岡県の浜松市なんですが芸能人に関わる仕事なんて考えもしませんでしたよ。テレビの見方で言うと父親とのチャンネル争いですね。野球からいかにチャンネルを奪うか。浜松では中日ファンが多いけど父は長嶋茂雄さんのファンだった。

-ドラマは子どもの頃も好きだったのですか?
はい、見てました。「毎度お騒がせします」とか学校で話題になってました。「君の瞳をタイホする」とか見てない子はいなかったほどでしたね。特に変わった見方をしていたわけではなくてほんとに一視聴者でした。
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なぜかウェディングプランナーから編集の世界へ

-ウィキペディアに“木村隆志”のページができていて、ライターになる前はウェディングプランナーだったとありました

そうです。冠婚葬祭の総合商社でした。ウェディングの企画や、新婚家庭で使う家具などのアドバイスなどもやってました。そこから制作会社に入って雑誌の編集、執筆などをやるようになりました。90年代後半で、当時はまだ紙媒体ばかりでしたね。

-編集の世界に行ったのは?

もともと書くことがやりたくて、そちらにシフトするべくウェディングプランナーの仕事をしながら準備していたんです。満を持して編集の世界に入り、修行を積むつもりでした。コンテンツ制作の流れを全部勉強した上で編集者・ライターとして独立しようとうっすら計画していました。

-編集の会社はどういう類の仕事をしていたんですか?

幅広くやってるところで雑誌も書籍も広告もやってました。名古屋の会社なので中京テレビさんの仕事もたくさんやってましたよ。番組の広報物や、ウェブサイトを立ち上げたり。この会社でいろんな分野を勉強できましたね。

-そこで経験を積まれて人脈もできたしと独立したわけでしょうか

編集者とライターをやりながら、徐々にコラムや書籍を書いたりできるようになろうと考えていました。フリーになってインタビューをする仕事が一気に増えましたね。タレントさんだけで2000人以上はインタビューしたと思います。

-かなり計画を立てて進むタイプなんですね

僕は大きな出版社にいたわけでもないアウトサイダーなので、一足飛びに成功できないと思ったんです。正直言うと、脚本家への憧れもありましたが、それよりも今は自分にできることから丁寧にやっていこうと考えていました。今、コラムが書けているのは、撮影現場やスタッフの事情をある程度わかっているからなので、間違っていなかったのかなと思います。

-フリーになられたのは何年ですか?

完全に独立したのは2005年ぐらいでしょうか。一方で「人間関係」のほうもやってます。右足がテレビ解説者とすると、左足はコンサルタントという感じで。

-そう、木村さんは「人間関係コンサルティング」もやってるんですよね?

ウェディングプランナーだったころから個人活動として婚活相談なんかもやってたんですけど、だんだんと広がって、コミニケーションや生き方等の本も書くようになって。そうするとコンサルの問い合わせが多岐に渡って来るようになって、さらに広がっていきました。

独立してテレビ誌に書き、テレビ解説者の肩書きに

-テレビと人間関係って全然違う方向に見えるんですけど木村さんから見るとつながっているのでしょうか?

つながっていく確信はありましたよ。ドラマも人間関係を描くわけでリアルなお悩み相談と一緒だと思うんですよ。

-木村さんにとってこの2つの方向性は今も並行して続いているわけですね?テレビ関係だけで、ものすごい数のコラムを書いていらしてそれだけでもすごいなと思うんですけど

いま記事の数が年間300本位なんで多い方でしょう。テレビが2か3で他が1という割合ですかね。テレビについては今ネット媒体で引き合いが多いです。テレビは話題としてはダントツなので。例えば今年も「箱根駅伝」が盛り上がって往路は歴代1位の視聴率でしたよね。昨秋の「陸王」からつながって生中継の駅伝があんなに盛り上がったのだと思います。ネットで語られることで大きな反響になり、視聴率にもつながる時代なので、テレビ番組にとってはチャンスですね。

-話は戻りますが、インタビューをして記事にしたのがテレビとの関わりの始まりですか?

テレビ雑誌や情報雑誌のインタビュー記事をひたすらやりまくっていました。当時はテレビ解説者ではなくたんに署名のライターとして。何かの肩書きを名乗るには実績と説得力がいると思っていたので。それで修行積んだり吸収したり人脈もできてきて、もういいかなと思った時に肩書を変えて専門家風にしていったんです。これだけ現場取材すれば、少しは認めてもらえるくらいになれたかなと。テレビ批評家ではなくテレビ解説者と名乗っているのは、テレビと視聴者の間を橋渡しする存在になりたいと思っているからです。サッカー解説者はいいけどサッカー評論家ってどうなのかなあと。同じようにテレビ批評家ではなくテレビ解説者であり続けたいです。

-なるほど計画的なだけではなく、そういうプロセスが必要だと考えてきちんと過程を踏んで行かれてるんですね

バックボーンが何もないので、現場をいろいろ取材していかなきゃと思ってました。「ただテレビが好きだから」だけではなく、そういう下地が必要かと。

-テレビネタで書いてる人っていっぱいいるけど木村さんの名前を認識したのは、ほんとによく知ってるなぁと思ったからでしたね。基礎を作るべきだとの意思があって経験を積まれているからですね。

感覚だけで書くのは良くない、客観から入るべきだと思っているんです。テレビを書く人って思いが強すぎるためか、主観から入る人が多いので、それはやめよう。面白いか面白くないかとか主観をできるだけ排除して書くよう心がけています。

-だからちゃんと読み物になっている。

テレビを書いている人たちはいっぱいいますよね。評論家や批評家と名乗る人も多いですし、たまにそういう人たちとの座談会みたいな話もありますけどあんまり好きじゃないんですよ。居酒屋で話すと、凄く面白い人たちなんですけどね(笑)

-「新・週刊フジテレビ批評」の出演はいつからですか?

2013年ぐらいだと思います。そのクールのドラマについて語る企画を3カ月毎にやっていて、最初の頃はドラマ研究の大学教授の方とお話しました。次には「ザ・テレビジョン」の編集長との対談形式になって、そのあといまの3人で話す形になったんですね。あとは、上半期や一年の終わりにテレビ番組全般を振り返るテーマのときも、よく呼んでもらっています。
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ドラマは深夜帯のも含めて毎日数時間かけて見る

-木村さんはテレビ番組をとにかくたくさん録画して、地上波のドラマは全部見るわけですよね?GP帯だけでなく、深夜ドラマも?

深夜ドラマも見ます。見る理由がありまして、そこからスターが育ちますし、エポックメイキングなことが起きるケースもあるので、スタッフもキャストもチェックしておくんです。深夜から名作が生まれたり、新たなトレンドが生まれたりもしますし。

-そうすると、毎日数時間分見ることになるわけで。それだけで大変そうです。

見なきゃ書けないですから。皆が知ってるやつもおさえておくので。「相棒」や「科捜研の女」は1. 4倍速で見ますし。仕事上の義務感というより生活のルーティーンなので、みなさんが思うほど苦ではないんですよ。小さい頃からテレビがついてない時間はなかったですからね。一人暮らししてるとテレビ付けっぱなしで寝るぐらいだったんですよ。電気も消さずにそのまま寝ちゃう感じで。

-昼間もドラマを視聴するんですか。

もちろん!正直厳しかったのは、ワイドショーについての連載も最近までやってたんです。そうすると午前と午後の間ずっと見ていかなきゃいけなかった。その上で、夕方からドラマ見るっていうのは大変でした。幸いにして奥さんもテレビが好きでそれでいいと言ってくれているので、テレビのおかげで家庭は円満です(笑


私たちはなぜ“木村隆志”を記憶するようになったのか。お話をうかがって理由がわかった。しっかりと経験を積んでテレビの世界、ドラマの知見を十二分に吸収してきているからだ。だからみんなが知らないことを書いたり、バックボーンがしっかりした主張を書くことができる。踏むべきプロセスを自分で見定め、一歩一歩踏み固めて歩んできたからこそ、響くコラムが書けるのだと思う。テレビについて書くライターは多いが、そういう下地の深さがまったく違うのだとわかった。後編では、テレビへの意見、苦言も含めたテレビへの思いを語ってもらったので、どうぞお楽しみに!


木村 隆志 プロフィール
きむら たかし
テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト、コンサルタント。1973年、静岡県浜松市生まれ。
ウェブや雑誌に毎月25本前後のコラムを寄稿するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などに出演。その他、不定期で番組への情報・企画提供もしている。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、地上波の連ドラは全作品を視聴。
著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。
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