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日本最長の旅番組『遠くへ行きたい』制作歴46年 土𣘺正道CPに聞く“終わらない番組”の秘けつ

木村隆志 2019.06.03

日本最長の旅番組『遠くへ行きたい』制作歴46年 土𣘺正道CPに聞く“終わらない番組”の秘けつ
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旅番組は数あれど、「遠くへ行きたい」の存在感は、まさに別格。1970年10月4日のスタートから放送49年の歴史は、もちろん国内最長であり、今なお多くの視聴者を魅了しています。

同番組は、「毎週一人の旅人(タレント)が日本全国を旅する」「詳しいアクセスは表示しない」「旅人自らナレーションを入れる」などのシンプルなコンセプトながら、時間帯トップの視聴率を獲得。「遠くへ行きたい」は、なぜ支持されているのでしょうか?

同番組に46年もの間携わってきたテレビマンユニオンの土𣘺正道チーフプロデューサーに、番組制作の裏側と長寿番組の秘けつを聞きました。

【聞き手/文:木村隆志(テレビ解説者)】
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「台本がない」旅番組になった理由

―「遠くへ行きたい」誕生の経緯を教えてください。

土𣘺「1970年の大阪万博で国鉄(JRグループの前身)の利用客がものすごく伸びたんですよ。それを受けた国鉄がさらに個人旅行をしてもらうために、“ディスカバー・ジャパン”というキャンペーンを行いました。同じ年に当時TBSのスターディレクターだった人たちがテレビマンユニオンを立ち上げるのですが、大阪万博の電信電話公社(NTTグループの前身)のパビリオンを演出していた関係もあって、『テレビでもディスカバー・ジャパンをやろう』という話になり、『遠くへ行きたい』が生まれました」

―土𣘺さんが「遠くへ行きたい」に関わりはじめたのはいつからですか?

土𣘺「番組がはじまって4年目の1974年からですね。当初はアシスタントディレクターで他の番組もたくさん関わっていましたが、4年目くらいから本格的に担当しはじめて130本くらい演出しました」

―番組スタートからしばらくは、永六輔さんが一人で旅をしていたと聞きましたが?

土𣘺「永さんが旅に行って、撮って、編集して、ナレーション入れて、また出かけて行く……というのをすべてやっていたんですけど、半年やってくたびれ果てたんです。『もう一人じゃできない』ということで、五木寛之さんや伊丹十三さんなど『あまりテレビに出ないけど物の考え方をしっかり持った人に、日本を見つめ直してもらおう』という形になりました」

―毎回の旅先はどのように決めていますか?

土𣘺「いろいろなケースがありますけど、旅人のタレントさんに会って『ここへ行きたい』と言ってもらう。あるいは、季節を少し先取りして作りたいので、『冬は沖縄の明るい海が見たいだろう』とか、視聴者の気分を先取りしようと思っています。それと、JRグループがスポンサーの番組なので、重点販売地域を採り上げるときもありますね」

―「台本がない」と聞きましたが本当ですか?

土𣘺「この番組は台本がないんですよ。『誰が、どこへ、どういう目的で行って、その結果こういうものと出会って』というだいたいの骨組みはありますけど、セリフで決まっているところはひとつもありません。もともと『永さんが日本中を旅しているところについて行く』という番組からはじまったのですが、永さんは事前の下見やアポイントを許してくれませんでした。『僕の旅なのに何で君が先に下見に行くの? 僕が行かなきゃ旅ははじまらないでしょ。僕の旅がどうして先に書きものになっているの?』と随分やられましたね(笑)」

―永さんあっての番組とは言え、「出たとこ勝負」ではロケが成立しないのでは?

土𣘺さん「永さんがやりたいと考えていることをできるだけ聞き出して、予想しながら密かに旅を組み立てていました。お店にはしっかりとしたアポイントではなく、『もしかしたら永さんがおうかがいするかもしれません。もし来ましたらよろしくお願いします』と言っておくんですよ。でもけっきょく行かないと、公衆電話を探して『すみません、行かないことになりました……』と謝ったりして(笑)」
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30分番組で2泊3日のロケを敢行

―現在はどのような制作体制ですか?

土𣘺「だいたい1か月に4本放送がありますから、常時3~4班は並行して動いていますね。放送日から逆算して動き出して、1月半から2か月かけて制作しています。テレビマンユニオンとしては、ディレクター、アシスタントディレクター、プロデューサー、リサーチャーなど、5人くらい班を組んでハンドリングしています」

―ロケハン、撮影、編集は、どれくらいの時間をかけていますか?

土𣘺「ロケハンは4日から一週間、撮影は2泊3日、編集は10日間。最終的に読売テレビのプロデューサーに見せて了解をもらってから、旅人本人がナレーションを入れています。ディレクターとタレントが最初の企画から最後のナレーションまで関わるという点は、普通の番組と決定的に違うところだと思います」

―30分番組で、2泊3日も撮影をしているのですか?

土𣘺「もともと3泊4日だったんですよ。タレントを押さえるのが今では3日でも難しくて『1日半とか2日なら』と言われるのですが、『ぜひ3日お願いします』と(笑)。長い時間その土地にいることで気持ちが旅に入っていきますし、そういう時間を大事にしないと本当に気持ちのいい旅にならないんですよね」

―最寄り駅など、交通アクセスをあまり映さないのはなぜですか?

土𣘺「『けっきょく何を情報化するか』というところで、本当にそこへ行きたければ雑誌を買いますし、スマホでググりますよね。『遠くへ行きたい』は、それよりも地元の人たちの言葉や佇まいの面白さを情報化していきたいんですよ。だから地図は、大きな駅を中心にした位置関係がわかる程度のものに留めています」
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視聴者の「半歩先」を行く番組作り

―長年放送していて難しさを感じるところはありますか?

土𣘺「かつては普通に群衆を映しても、一人一人に許可を取る必要はなかったんですけど、今は高精細画面になっているので、どの人もハッキリ映りますよね。だから撮影するときに大きな声で全員に許可を得なければいけないんですよ。でも大きな声を出すと『テレビが来ているぞ』と気づかれてしまうのがつらいところです。今は旅先で出会った観光客と話すときは、『こういう番組なのですが、出てもらってもいいですか?』と尋ねてサインしてもらっていますし、そういう手間はすごく増えていますね。ただ、撮り方としてはドキュメンタリーと同じで、先に許可をもらうのではなく、撮ったあとに許可をもらうようにしています」

―ズバリ、約50年続く番組の秘けつは?

土𣘺「『コンセプションは変えないけど、その時代性に合わせて見せ方を変えていく』ということを大事にしています。今の人たちが見たいものを入り口にしつつ、それだけでは終わらせずに、日本人が大切にしてきたものまで行き届くように。それと、テレビを見ている人は『何か教わりたい』と思っているわけではないので、『この番組はこんないいことを伝えますよ』と構えてしまったら誰も見てくれないんですよ。だから『面白い番組だな』と思ってもらって、見ていく間に『日本っていいところがあるじゃないか』ということが後味として残るような作り方をしています」

―来年10月でちょうど50年になりますが、マンネリなどの不安はないですか?

土𣘺「49年もやっていると同じ場所に何回も行くんですけど、旅人も季節も常に違うので、フレッシュでいられます。ただ、慣れだったり、力を抜いたりすると、今は視聴者の目が肥えているので、即座に反応が現れるでしょうね。だから視聴者が考えていることの半歩先をいくようなメッセージを番組として隠していないとダメだと思っています。二歩先を行くと視聴者は離れてしまうので、『あまり気づかないくらいの少し先を行くところまで掘り下げる』という感じで」

―放送スタート時間が、日曜の22時30分→10時30分→8時30分→7時30分→関西は7時、関東は5時30分、6時30分と何度も変わっていますが、影響はありませんでしたか?

土𣘺「僕の経験だと、時間枠移動を繰り返す番組は長続きするんですよね(笑)。いい時間に移動することは少ないんですけど、『遠くへ行きたい』は、その時間帯の視聴者を開拓してきたのではないかと思っています。たとえば、2013年の4月に関東では朝5時30分スタートになりましたが、社内では『このままなくなっていく』と言われていました。そこで旧来の『遠くへ行きたい』の殻を一度脱ぎ捨てて、夜のシーンやお酒をやめるなど、今の人たちにコミットするものを作り変えたんですよ。そしたら多くの人に見てもらえて、一年後には6時30分に上がりました。僕の野望としては、もっと多くの人に見てもらうために、土日の午前中を目指していきたいと思っています」
土𣘺正道(つちはしまさみち)
「遠くへ行きたい」エグゼクティブプロデューサー。1973年にテレビマンユニオン入社。さまざまな番組に関わる中で同番組と出会い、4年目からどっぷり浸かる。放送17年目の「食彩の王国」(テレビ朝日系)でもチーフプロデューサーを担当。GWの10連休も全て仕事で、令和に変わる瞬間も編集室にこもる多忙な日々を過ごしている。
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武田修宏・長野の旅(2019年6月9日放送)
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