慶応大学卒。元相方はこがけん。20年アルバイト生活。ピストジャムがそれでも芸人を辞めない理由

2022.12.10

慶応大学卒。元相方はこがけん。20年アルバイト生活。ピストジャムがそれでも芸人を辞めない理由
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慶應義塾大学を卒業し、同窓生のこがけんさんとのコンビを経て、現在はピン芸人として活動するピストジャムさん(44)。これまで70以上のアルバイトを経験し、現在もバイト収入を軸に生活を送っていますが、その日々を綴った著書「こんなにバイトして芸人続けなあかんか」(新潮社)が注目を集めてもいます。タイトル通り、芸人を続ける意味。そして、それを支える先輩の言葉とは。


―10月に著書を上梓。反響はいかがですか?
本当にありがたいことに東野幸治さんに取り上げていただいたり、「ピース」の又吉さんとイベントをさせていたいだり。あと、吉本ばななさんと住んでいるエリアが近所で、温かいお言葉もいただきました。本を出すことでありがたいお気持ちをたくさんいただけていることに、ただただ感謝でいっぱいです。

―なぜ書くことに
去年、吉本興業の作家育成プロジェクトがありまして、応募したら幸いなことに選んでいただきまして。

自分の趣味というか好きなもので言うと、カレーというのもあるんですけど、それを本のテーマに提案したところ「それはちょっと…」となったんですけど(笑)、20年芸人をやってずっとアルバイトで食べてきたのでバイトの数は負けませんという話をお伝えしたら「それで行きましょう!」となりまして。

バイトの数で言うと、70種類以上はやってきました。

ドライバー助手というのでエアコン業者さんがエアコンの修理をしている間、車の中で留守番をしておくだけのドライバー助手という仕事は非常に楽でしたね。業者さんが戻って来られて「お疲れ様」と言っていただくんですけど、車の中に座ってるだけですから何も疲れてないんですけどね(笑)。

あと、ビルの警備のバイトでビルのドアを夜中に閉めてまわるというものがあって、72個ドアがあるんですけど、それぞれにカギがあって72個のカギを持ってまわるんです。どれがどれか一切分からない(笑)。そんなものもありました。

本当にいろいろやらせてもらっていますけど、バイトの収入には自分なりのルールがあって、稼ぐのは月に15万円までと決めています。それ以上、頑張って稼ぐと、体がその収入に慣れてしまって生活レベルを落とせなくなってお笑いにつぎ込む時間も割いてバイトをしてしまう。それでは意味がないので、最低限の収入を得るための手段ということは徹底するようにしているんです。

―本のタイトルにも通じますが、そこまでして芸人さんを辞めない理由は?

「こんなにバイトして芸人続けなあかんか」というのは、母親から言われた言葉なんです。親でなくても、これは思うことだとも思います。

何かしら面白いことを表現して、喜んでもらって、そして売れたい。思っていることは純粋にこれしかなくて、なんとかそれを実現させたい。

芸人を辞めるということは一回も考えたことがないんです。というのはね、この仕事以外に全く興味がないんですよね。又吉さんからは「静かに、狂ってる」と言われたりもしてます(笑)。見た目は普通に見えるけど中身が確実におかしいと。

興味がないことには動かないというか、スマートフォンもつい最近初めて持ちましたし、SNSも本を出す段階になって吉本興業の担当者さんから「告知などもありますし、始めましょうか」と言われてやりだしたくらいで。

だから、面白いことを考えるということ以外には興味がなくて、テレビにたくさん出て、神々くらい偉大な先輩方と一緒に仕事がしたい。ただ、それがままならないので今もバイトで生活をしている。ただただ、それが今の状況なんです。
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―僕が言うのもナニなことですが、だからこそ、書けた本なのかもしれませんね。

確かにそうですよね。又吉さんがおっしゃっていた言葉があるんです。もう10年ほど前、こがけんとコンビを解散してピンになった頃だったと思います。「つらいこと、イヤなこと、悲しいこと。全部、その後に何かを得るためのフリや」。

僕はだいぶフリが長いですけど、その言葉を心に刻んでいます。

あと、又吉さんが書かれた小説「火花」に出てくる先輩芸人・神谷というキャラクターがあるんですけど、その何パーセントかモデルになっていると言われるピン芸人・山本吉貴さんという芸人さんがいるんですけど、僕もお世話になっていて、山本さんと話した時のことも自分を支えてくれています。

ニュアンスが難しい部分でもあるんですけど、それで気持ちが整った、落ち着いたと言いますか。

これは5年ほど前だったんですけど、その時も飲みに連れて行ってもらっていて給料の話になったんです。僕が「吉本興業からもらえる給料が15万円になったら全部バイトを辞めます。そのためにはもらえる仕事は何でもやります」みたいなことを言ったんです。じゃ、山本さんが「オレはスタイルが違う。オレはやりたいことをやろうと思っている」とおっしゃったんです。

さらに、山本さんが「お前は面白いことを言おうと思ってんの?」と聞いてこられて、それに対して「僕は面白いことを言おうと思って芸人をやってます」と答えたんです。

改めて文字にすると、アホみたいな言葉のラリーなんですけど、その言葉を口にした時に、スッと自分の立ち位置ややりたいことが胃の腑に落ちたというか。そのやり取りで、心が整った感じがしたんです。

全てはフリ。そして、自分がやりたいことは面白いことを言うこと。そのために頑張る。その覚悟がさらにしっかり固まったというか。

ただ、現実としてピンでは「M-1グランプリ」にも出られないし、芸歴的に「R-1グランプリ」にも出られない。その中で何をしていくのか。

今純粋に思っているのが、僕の周りにはすごく素敵な先輩方がたくさんいらっしゃるので、一人でも多くの尊敬している先輩に面白いと思われる。思われたい。それが今の思いであり、原動力でもあるんです。

もちろん、お客さんに喜んでもらうことが芸人にとって基本ですし、そこが大前提なんですけど、先輩に一つでも笑ってもらう。

これもニュアンスが難しいかもしれませんけど、そうやって先輩に笑ってもらうことで引っ張ってもらおうとか、そこに計算みたいなことは一切ないんです。ただただ、笑ってもらいたい。

そして、売れるというところに行くには、そういったすごい先輩に笑ってもらえるくらいの自分でなければ話にもならない。それが根底にある思いなんです。

もう44歳のオッサンですし、もともと芸人として高いところに飛びあがるジャンプ力があったらとっくに売れてるでしょうし、そこがないことは自分でもよく分かっています。

ただ、そんな自分でも本を書かせてもらったり、来年は3月に代官山のモンキーギャラリーというところで絵の個展をやらせてもらうことになっている。今はそこに向けて絵を描いたりもしています。

いつどうなるか分からないけど、いつかのフリが回収される日がある。そこを信じて、目指してひとまず毎月15万円をバイトで稼ぐ。それが今の自分です。

パチンコで言えば、20年間ずっと負けてるけど同じ台を打ち続けているオッサンみたいなもんやと思います(笑)。ただ、達者な先輩が「どうや?」と肩を叩いてくださっているので、もう次出るはずだと思って同じ台を打ち続けている感じです。

…ま、そら、「静かに、狂ってる」と言われますわね(笑)。ただ、なんとか、なんとか、皆さんに恩返しをするためにも、いつかその日を迎えられるよう頑張ろうと思っています。
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■ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。大学卒業後、こがけんを誘って吉本興業の養成所に入所(東京NSC7期生)。2002年にデビューし「マスターピース」「ワンドロップ」などいくつかのコンビを経てピン芸人となる。ネットメディア「FANY Magazine」で「シモキタブラボー!」を連載中。アイドルイベントのMCなども担当。下北沢カレーアンバサダー。かまぼこ板に絵を描く独自のアートも手掛ける。



執筆者プロフィール
中西 正男(なかにし まさお)

1974年生まれ。大阪府枚方市出身。立命館大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚などを大阪を拠点に取材。桂米朝師匠に、スポーツ新聞の記者として異例のインタビューを行い、話題に。2012年9月に同社を退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属し、テレビ・ラジオなどにも活動の幅を広げる。現在、朝日放送テレビ「おはよう朝日です」、読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」などにレギュラー出演。また、Yahoo!、朝日新聞、AERA.dotなどで連載中。
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