読売テレビがお届けする、テレビを楽しむ読み物メディア

未来のテレビ制作者たちの企画書を見ていたら、テレビはもっと面白くなると感じた!

2018.06.08

ある大学のメディア学部で講師をしたことがあります。
筆者は普段テレビの、主にバラエティの構成をする放送作家を生業にしています。ダウンタウンの番組を担当したり、志村けんさんの番組で10年以上コントを書いたりしてきました。そんな私ですが、ときどき学校や制作会社などで企画立案や番組制作に関する講義を依頼され、引き受けたりするのです。

その時は「テレビの企画書の書き方を講義してほしい」と依頼されました。
そこで、筆者なりにテレビというメディアの特徴を解説し、番組がどうやって制作されるかを授業で伝えました。それらを踏まえて、いよいよ学生たちにテレビの企画書を書いてもらうわけです。

で、書いてもらった企画書を読んでみたところ――その感想は「どれもとても面白いじゃないか!!」というものでした。

すでにメディアの壁をカンタンに飛び越える世代がクリエーターに

まず、プロではない学生ですから、みんな考えることが自由です。あれほど「テレビとはこういうメディアですよ」と講義したのに、提出された企画書はネットなのか、ゲームなのか、アプリなのか……よくわからないものが多い。けど、それは決して彼らが授業を聞いてなかったわけではなく、また理解力が足りなかったわけでもなく、ただナチュラルに今の若者たちはボーダーレスなんだなぁと感じられたのです。テレビもネットもゲームもアプリも映画も、あまり区別していない。特にエンターテインメントに関しては“地続き”の感覚なんだろうと思いました。

こんな企画がありました(と言っても、企画の著作は学生さんたちにあるので詳しくは内容を語れません。問題ない範囲で語ります)。

それは音楽番組なんですが、アーティストのステージ演奏に合わせてリズムをdボタンで押しまくるというものです。これ、ゲームの『太鼓の達人』じゃんと思っていたら、その学生は「すでにそういう番組を観たことがある」と言うので調べてみたら確かにそういう試みをした番組がありました。で、その学生の企画書には、そのリズムゲームで全国の上位に行けたら、あんなことがあって、こうなる……(ごめんなさい。ここはオリジナルアイディアなので詳しくは言えません)とあって、その部分が素晴らしかったのです。読んでいてワクワクしました。

この企画、まったくのボーダーレスです。でもその中にしっかりとテレビがある。
今のところ技術的な問題で実現度は低いと思われますが、テレビというメディアで多くの人に共通体験をさせておいて、そこから個々の体験へ導いて、さらにそれをまたテレビに戻すという壮大な体験型企画で、こんなのは将来ホントにやれる日が来たら楽しいだろうなぁと思います。
そこには“テレビの拡張”があります。

きっと学生は、テレビの可能性を広げる意味だとか、メディアの壁を乗り越える意義だとか、そんなことは考えてないと思われますが、面白そうなことを考えたらナチュラルにそうなったんでしょう。若いってのはすごいですね(アホな感想ですみません……笑)。

次世代は、視聴者と制作者の壁すら飛び越えちゃう?

こんな企画もありました。それも音楽番組なのですが、企画した学生からすると、今放送されている音楽番組は「どうも出演するアーティストの魅力をよくわかってなくて作っているのでは?」「そんなことを掘り下げてほしいわけではないのに……」と思いながら観ているそうで、せっかくメジャーなテレビに好きなアーティストが出たのにがっかり……ということが多いと言います。
そこで彼が企画したのが、ファンが制作する音楽番組。

そのアーティストの魅力はファンが一番よくわかっているという理屈です。
しかしこれ、ファンが作るとマニアックになってしまうのでは? はたまた、ファンは制作者として素人なのでテレビのクオリティーに届かないのでは? と危惧しますよね。が、そこにはちゃんと彼なりのアイディアが盛り込まれていて、多くの視聴者が楽しめる内容になっていました。
この企画など、視聴者と制作者の壁すらなくなっています。自ら動画制作したり、配信したりする世代にとっては、自然な発想なのかもしれません。

今、ネットではマスコミの在り方に対して、ある種の抗議を込めて「電波は国民のもの」と盛んに叫んでいます。事実、電波は国民の共通財産です。ファンが制作する音楽番組を考えた学生は、こういった問題意識から発想したわけではないようですが、たまたまそういった課題も含んでいるところが面白いと思いました。

こうやって考えると、テレビの未来をあれこれ危惧する声は多いですが、次世代に任せれば大丈夫なんじゃないの!? と、なんだか無責任に明るい気分になってきます(笑)。

なんでもアリだな、未来のテレビ制作者たち!!

学生たちの企画は、次世代的な発想ばかりではありません。昭和の伝統的なバカ企画を考えてくる人も結構いました。ある女子学生が提出してきたのが「反・利き手野球」という企画。右利きの人は左で、左利きの人は右で野球をする。勝てるか? だって(笑)。でもこれ、試合が成立するのかなぁ(嫌いじゃないけどね……笑)。

あとは「人間たちが伝説の妖怪に社会の不平不満をブツけまくる」という謎の企画(Eテレとかだったらありかも)や、正面切ったコント番組の企画も見受けられました。とにかく学生たちの発想が面白くて、筆者の方が勉強になったというのが正直な感想です。

今、テレビはリスタートしている!

彼らの企画を見ていると、彼らが今までどんなテレビ体験をしてきたかが窺えます。多くの人はテレビで番組を楽しみ、動画を観て、ゲームもやる。映像を再生したり、編集したりもしているでしょう。昨今言われる「若者のテレビ離れ」どころか、テレビとつながりまくりの印象さえ受けました。ただ、以前のような画一的なテレビの享受者ではありません。

すでに視聴率30%なんて知らない世代です。そういうものはオリンピックや紅白歌合戦のような国民的な行事でなければありえない。それぞれのテレビ体験が多様なので、彼らがテレビ業界に入ってきたら、ある人たちにとっては全く思いがけないアイディアとして映る企画を実現させそうです。
それは番組そのものかもしれないし、それとは別に他メディアとの縦横無尽なつながりを生かした企画かもしれない。ただ、テレビでやる以上、かなり多くの人たちに同時体験してもらうことになる。
そこに、テレビの新たな可能性を見せられるのではと期待するのです。

「テレビは社会的インフラである」という意見があります。電気、水道、ガスといったインフラと同様に、文化的な社会生活を送るために必要なものであると。
そんなテレビで、局地的なアイディアが多くの人に向けてワアッと流される衝撃! 今後はそれが強まっていくかと思われます。

テレビは今、リスタートしています。
「またテレビは同じことやってるよ~」とお嘆きのアナタ、今後はテレビから「なにこれ!?」が飛び出す場面がぐっと増えるでしょう。乞うご期待!

【文:鈴木 しげき】
執筆者プロフィール
放送作家として『ダウンタウンDX』『志村けんのバカ殿様』などを担当。また脚本家として映画『ブルーハーツが聴こえる』連ドラ『黒猫、ときどき花屋』などを執筆。放送作家&ライター集団『リーゼント』主宰。
この記事を共有する