神戸大出身の頭脳をフル活用!どこまでも強靭な実力派コンビ「ネイビーズアフロ」

2019.11.11

高校の同級生で、ともに神戸大学出身という経歴を持つ漫才コンビ「ネイビーズアフロ」。どこまでもストイックな皆川さんと、どこまでもマイペースなはじりさんが大学在学中にコンビを結成しました。今年は「NHK上方漫才コンテスト」「ytv漫才新人賞決定戦」「上方漫才大賞新人賞」「ABCお笑いグランプリ」と関西の主な賞レースでいずれも決勝に進出。さらに、若手ながら話術が必要とされるラジオで複数のレギュラーを持つなど、実力を幾重にも見せた年にもなりましたが、二人は今年は全く違う形でとらえていました。

(取材/文:中西 正男)

皆川:互いに高校時代からそれぞれ漫才コンビを組んでまして、学校の文化祭の漫才コンクールでどちらも優勝したりはしてたんです。そこから二人とも同じ大学に進みまして。もともと僕は小さい頃から将来の職業として漫才師しか考えていなかったので、僕がはじりを誘ってコンビを組んで、吉本興業のオーディションを受けに行ったというのがこの世界に入った流れなんです。

―誘われて、はじりさんは迷いはなかったですか?

はじり:僕も小さい頃から漫才が好きで、僕の場合は好きで漫才を見るというよりも、相方を探して実際にやっていたんです。なので、頭のどこかには高校時代あたりから、芸人という考えもあった。なので、誘ってもらった時に、それだったら、そちらに行こうと。自分の中ではスムーズな選択ではあったんです。

―大学で就職活動をする友だちを見たりして、他の仕事は考えなかったですか?

はじり:もちろん、どの仕事でも大変なこと、しんどいことはあるのが普通ですし、そこは何をやっても絶対にある。それはまず思ったんです。あと、どうしても運任せみたいになってしまうのは、例えば職場の人が何とも面白みのない人ばかりで、そんな巡りあわせで仕事が実に嫌なものになっていく。その可能性はどこまで行ってもなくすことはできない。でも、職場全員が芸人という職場は、面白みのない職場に配属されてしまうというリスクは少なくともないだろうなと。そんなことも考えて、この世界に入ったんです。

―実際に入って見て「思っていたのとは違う」ということはなかったですか?

はじり:これがね、実際に入っても、楽しかったんです(笑)。もちろん、しんどいことがあるのは当たり前やと思っていたので、そこで意外に思うことはなかったですし、実際にプロの仕事として漫才をする方が漫才が楽しくなりました。学生の時の漫才とは違って、この上なく明確に目標がありますし、そのために頑張る。その明確さが楽しいと言いますか。

皆川:この世界に入る時に、実は思ってもいたのは「漫才を頑張ると言っても、どう頑張ったらいいんだろう」ということだったんです。それが疑問というか。例えば「M-1グランプリ」で優勝した漫才を見ても、4分しかないじゃないですか。4分しゃべる。4分の台本を作ってしゃべる。言うたら、それだけやろと。最初は「それをどう頑張るんだ?」というイメージだったんですけど、その頑張り方が入ってから分かったという感じもありましたね。

―確かに、スポーツとかの努力とか違って努力の方法が見えない気もしますね。

皆川:そうなんです。最初はそう思っていたんですけど、結局、どこの世界も同じというか、ただただ自分の目標に向けて時間を割いて、ただただ考えて、ただただそれをやっていく。それだけやと。一つの明確な方法としては、今9年目なんですけど、5年目くらいから毎月単独ライブをやっているんです。そして、その度にもちろん新ネタも作るし、年間で言うと、100本はネタを作ってきました。大変でもありますけど、そうなるとネタのクオリティーはやっぱり上がるんです。これは、えらいもので。

はじり:そこがないと、常に“もともと面白い人が売れるだけ”になりますもんね。確かに、その部分もものすごくあると思います。でも、それだけではないのも事実なんですよね。

―来年で10年目に入りますが、ここまでで影響を受けた先輩などは?

皆川:この世界に入ってすぐの頃からお世話になったのが「笑い飯」の哲夫さんでした。すごく若手思いの方で、僕が一回もテレビもラジオも出たことがない時からご飯に連れて行ってくださって、芸人の形みたいなことを教えてくれたのは哲夫さんでした。

―どんな言葉を哲夫さんは?

哲夫さんがおっしゃっていたのは「芸人というのは、読んで字のごとく“芸の人”やから。まず根本、芯のところに芸がないとアカンねん」ということでした。それが僕らにすれば、漫才やと思うんですけど、漫才という軸があってのバラエティーであり、タレント的なお仕事が周りにある。その軸なしで周りのところをやろうとすると「芸人に好かれる芸人にはなられへんよ」と。

はじり:僕は去年から今年にかけて「メッセンジャー」のあいはらさんとMBSラジオで番組をさせていただいたんですけど、そこで、あいはらさんから「どんなラジオが人気出ると思う?」と聞かれたんです。その答えとしてあいはらさんがおっしゃったのは「やってる自分が面白いと思うラジオが続くし、聞いてもらえるラジオになる」と。結局、何をやるにしても、まず自分が面白いと思ってなかったらダメなんだなと改めて胸に刻むことにもなりましたし、その指針というのはラジオのみならず、自分の中にありますね。

©ytv
ボケ担当の皆川(左)とツッコミ担当のはじり(右)
―互いに、相方のここはすごいと思うところは?

はじり:とにかく自分にストイックです。「そんなにやる?」と思うくらいやりますしね。例えば、毎月単独ライブをやって年間新ネタを100本作る話でも、正直、僕一人やったら、それはできないと思います。でも、相方はやりますし、やっているから、僕もそこについていく。ここは僕発信ではできないところだと確実に思います。

皆川:逆に、僕からしたら、僕は気にしぃやし、細かい性格だと自分でも思うんです。ただ、はじりはそこが全くないんです。悪い言い方したらズボラやし。だからこそ、僕は人に…

はじり:いや、悪い言い方をしたんやったら、いい言い方もしてくれや(笑)。

皆川:確かにね…。ま、悪く言えば、ズボラ。で、まぁ…。

はじり:傷だけつけて終わるなよ!

皆川:(笑)。ま、本当の話、僕、先輩とかに言われたことをかなり気にするんですよね。だから、いろいろな先輩に言われたりすると、結構、ブレブレになっちゃうんです。これは、それこそいいところとわるいところがあるとも思うんですけど、それぞれのお話をちゃんと聞いちゃうんです。

―きちんと真正面から受け止めるがゆえに、左右されてしまうところもあると。

皆川:例えば、賞レースで何のネタをやるか。そういう非常に大切なところもブレたりすることがあるんですけど、はじりは全くブレないんです。根本の性格が真逆なんで、だからこそ、出てくるものが根本から違う。そこが僕にとっては良いところでもあるんだろうなと。

―2019年、どんな年でした?

はじり:関西の賞レースの決勝に4回行かせてもらったんですけど、結局どこでも優勝はできなかったんです。漫才をずっとやってきて、何年も年間100本ネタを作ってきた結果が出たようで出ていないというか。漫才として、一つグレードアップはできたかもしれないけど、もう一個の壁がその上にはある。そこに気づけたと言いますか。そこを超えたら、関西の賞レースは取れてくるんだろうし、さらに「M-1」を取るためには、またその上に壁がある。その壁が見えたのが今年だったのかなと。

皆川:過渡期なのかなと思っています。賞レースで決勝には行くけど優勝はできない。「自分らの漫才、アカンのかな…」と思った矢先、8月になんばグランド花月でやったライブにお世話になっている「NON STYLE」の石田さんに出ていただいたんです。

―ゲストとして出てらっしゃいましたね。

皆川:そこで石田さんにいただいた言葉が「今の漫才で十分面白い。笑いも取れる。そして、これを全部捨てた時に次のステージに行ける」ということだったんです。そこから3カ月ほど経って、その言葉の意味がより一層染みてくるというか。レギュラー番組が増えた!みたいな劇的な変化はなかった年かもしれませんけど、壁に気づき、どうしたらいいかを模索する。来年の10年目に向けて“弓を引く”一年やったんかなと思います。

はじり:まだ「M-1」は残されてますけど、壁が見えたのは今年のすごく大きなところだったと思います。…で、いい言い方、依然、全然してくれへんやん(笑)。

■取材後記
「ネイビーズアフロ」のお二人とは、ラジオ番組でたびたびご一緒しているのですが、ストイックにグイっと話を展開する皆川さん。そして、マイペースで周りからつっこまれるはじりさん。いつも、その役割分担が見事にできている。共演者としては実にやりやすいお二人だと、僭越ながら感じていました。

そして、今回、二人そろってじっくりと話を聞いてみると、時に皆川さんを上回るくらい、はじりさんが本質をつく話を展開し、決しておもねらない強い意志も見せる。コンビとしての奥行きを改めて感じた気がしました。

また、皆川さんとは時々お酒も飲むのですが、先日、ラジオのプロデューサーの自宅にスタッフさんや他の芸人さんも集まってどんちゃん騒ぎをすることがありました。

あまりにも苛烈な飲み方だったため(笑)、一人減り、二人減りとみんな脱落して帰宅していく中、最後まで残っていたのが皆川さんでした。

いやらしい話、プロデューサーへのポイント稼ぎ的に残るということではなく「楽しいからいさせてください」という思いが空気からにじみ出ているかわいげ。これもまた、このコンビの強みだと痛感しました。

丈夫な糸が幾重にも複雑に折り重なる。それがコンビとしての強靭さを作り出しているんだろなと考えています。

執筆者プロフィール
中西 正男(なかにし まさお)
1974年生まれ。大阪府枚方市出身。立命館大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚などを大阪を拠点に取材。桂米朝師匠に、スポーツ新聞の記者として異例のインタビューを行い、話題に。2012年9月に同社を退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属し、テレビ・ラジオなどにも活動の幅を広げる。現在、朝日放送テレビ「おはよう朝日です」、読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」などにレギュラー出演。また、Yahoo!、朝日新聞、AERA.dotなどで連載中。
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