【鹿児島県】今どき「ごわす」っていう人いる?西郷どんだけじゃない!「ごわす」の聖地を探せ!

2023.03.03

【鹿児島県】今どき「ごわす」っていう人いる?西郷どんだけじゃない!「ごわす」の聖地を探せ!
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「おいどんは西郷隆盛でごわす」と、あの西郷どんは「ごわす」といつも言ってるイメージがある。この「ごわす」が今も使われる聖地を探してみた。

まずは鹿児島市の繁華街、天文館で聞くと意外にも「使わないです」「昔の人の言葉」「西郷さん以外見たことない」と、「ごわす」を使う人なんかいないと声を揃える。
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「外国人が日本を見てチョンマゲいるんじゃないの?というレベル」つまり、完全に過去の言葉だと言う。「言ってる人を見つけたら1000円あげる」ってたった1000円かよ。

ついには「死語」と言い切る人も。お年寄りは使うのでは?と思うが、「おじいちゃんおばあちゃんでも言ってるのを聞いたことがない」そうだ。じゃあホントに死語なのかな?

鹿児島市以外なら残ってるかもしれない。「鹿児島弁がきつくて日本語じゃないように聞こえる頴娃(えい)町というところがある」とヒントをもらった。何しろ「鹿児島市に住んでる人も、何言ってるかわからない」ほどだと言う。頴娃町なら「0%ではない」と言うので行ってみた。

頴娃町は南九州市。知覧茶で有名で、開聞岳の眺めは絶景だ。その頴娃町に行くと大根を干していた夫婦がいた。話を聞くと「%&#+@+¥?>=」と、何言ってるかわからない。何を聞いても「&#+?¥~=<%*@」と外国語のようにしか聞こえない。理解不能の、桁違いの鹿児島弁で喋るので調査にならない。
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なんとか県外に居たこともある人を見つけ聞いてみると「ごわす?頴娃弁ではごわすは言わないねえ」とあっさり。えー?これだけ方言がきついのなら使ってもおかしくないのでは?なんでも頴娃町には密貿易の港があったとされ、中国語やオランダ語が入り混じった独特の方言に変化し鹿児島の中でもわかりにくい言葉になったとのこと。そんな頴娃町でも使わないとはどういうことだ?

悩んでいると、「ごわすを使うのは武家の人たち」との新たなヒントをもらった。さらに「大隅半島ではおじいちゃんたちはごわすと言う」との情報も!鹿児島市や頴娃町は鹿児島県の西側の薩摩半島。大隅半島は東側で、その半島の付け根の曽於(そお)市で「ごわす」を使うようなのだ。

曽於市に行くと、武家屋敷があり武家文化が残る気配。60代くらいの人に聞いてみると、「ごわすは私らの年代じゃ使わないよ。」ああ、やはりここも違うのか?すると「もっと上の連中は使うよ。」とおっしゃるではないか!「80歳以上の人たちなら使う」と言う。さらに、曽於市を形成するのは大隅町・末吉町・財部町で、その中の末吉町で使われているらしい。

末吉町が「ごわす」の聖地か?さっそく行って農作業中のお年寄りに話しかけるが、「空き家が多いですよ」などと普通に喋るだけだ。諦めてお礼を言って記念品を渡すと、「あいがとごわす」おお!ようやく「ごわす」発見!
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「田舎の人たちは何かもらったら、あいがとごわす、と言いますよ」ありがとうございますの意味で、「あいがとごわす」と使うそうだ。
「3月2日が誕生日」「おめでとうございます」「あいがとごわすな」
「鹿児島は暖かいと思ってきました」「ごわすか?そげんごわすか?」
「ご苦労さぁごわした」
出会ったお年寄りの皆さんと話すと、出るわ出るわ!「ごわす」を皆さんよく使う!
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方言研究家・橋口滿さんによると、「ごわす」は麓言葉と呼ばれる江戸時代の武士の言葉遣いの一つだそうだ。島津家は県内120ヶ所に外城を設け、そこに武士集団を住まわせ統治させた。この武家屋敷群を麓と呼ぶのだ。末吉町にも大きな麓があったので、「ごわす」が残っているのだろう。

これで末吉町は「ごわす」の聖地に認定だ!お年寄りの皆さんに認定の楯を渡すと一斉に「あいがとごわ〜す」と返してくれた。皆さん「ごわす」を大切にしながら、長生きしてくださいねー!
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【文:境治】
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