「インフライトコンテンツ」のセールス事情

フランス・カンヌで開催されるテレビ見本市MIPに通い続けて約10年。そんな経験から世界と繋がるテレビの話「世界とコネクトテレビ論」を「読みテレ」で連載していきます。今回は空の上でも楽しめるエンタメ事情の裏側をお伝えしていきます。

各航空会社が提供する機内上映サービスは、昨今、オンデマンド化が進み、定番の映画、アニメからドラマやバラエティ、ドキュメンタリー番組までラインナップが広がっています。

「インフライトコンテンツ」と呼ばれるこれらも海外展開のひとつ。「自局制作の番組が海外に初めて売れました」と地方局から情報が入ると、その売り先がインフライトであることが数年前から増えています。日本から脱出し、異国の地へ飛び立つことを実感するはじめの場所が機内であるように、番組の海外売り第一歩の出口とも言えます。

実際にどんなセールス活動をされているのでしょうか。読売テレビの編成局コンテンツビジネスセンターの多賀規恵氏と読売テレビエンタープライズコンテンツ営業部の李憶婷氏のお二人にお聞きしました。

読売テレビを代表する番組と言えば、『秘密のケンミンSHOW』や『ダウンタウンDX』。聞けば、この2番組もJALやANAで多くの上映実績があるとのこと。オンデマンドサービスはストーリー系が一般的に充実していますが、気軽に楽しめるバラエティ番組も人気があることに納得します。そして機内に子どもを連れた時の救いになるのがアニメ。ディズニー作品が定番中の定番ですが、幅広いターゲット層向けにアニメ作品が充実している読売テレビでは国際線でも引き合いが増え、『まじっく快斗1412』や『宇宙兄弟』、『ヤッターマン』、『タイムボカン 逆襲の三悪人』などが売れ筋だそうです。

インフライトコンテンツのセールスを担当する読売テレビの多賀規恵氏(右)と読売テレビエンタープライズの李憶婷氏(左)。
海外セールスの窓口を持つ読売テレビの出資映画作品も上映されています。名物番組『鳥人間コンテスト』を舞台にした小説を原作に映画化された土屋太鳳主演の『トリガール!』もそのひとつ。商談を重ねた結果、「ANAの機内誌で一面特集を飾るイチオシ作品として紹介されました」とフライトセールスを日々担当する李氏が話していました。ひとつのコンテンツが世界中で視聴される機会を作ることが海外セールス部隊のミッションであり、日々の活動がこうした結果に繋がっているのでしょう。

インフライトセールス実績は「JALやANA以外にも広がっています」とこれまた景気のいい話が続きます。シンガボール、キャセイパシフィック(香港)、チャイナエアライン、エバー(台湾)、ニュージランド、デルタ(アメリカ)、ルフトハンザ(ドイツ)、エアフランス、フィンエアー、エティハド(アブダビ)、カタールなど10を超える航空会社が並びます。基本的には日本人向けにコンテンツが選ばれているようですが、外国語対応も当然ながらされています。先日はパリから東京行きの機内で、日本で観光旅行を楽しむと話していた欧米の女性が安藤サクラ主演映画『0.5ミリ』をご覧になっていました。そんな時、たとえ機内でも日本のコンテンツの視聴の機会が広がっていることを実感します。

インフライトでは海外チームの開発番組が売れる?

でも、日本の番組を海外で売ることは、実はハードルが高い事情もあります。「海外に売ることができる番組がもっと増えればいいのですが。。。」と多賀氏からそんな本音も。これは読売テレビに限らず、各社のセールス担当者からよく聞かれる言葉です。なぜなら、海外にコンテンツを売る際に必ず通る道としてあるのが、権利処理。日本の場合、多くの番組が企画段階から海外向けに制作されてはいません。だから、必ずと言っていいほど、権利処理問題が立ちはだかります。最終的にどうしても権利がクリアされないこともありますし、海外で売り上げをたてる以上のコストがかかってしまうことも。

そんななか、読売テレビでは海外に売ることを目的に開発した複数の番組がまずはインフライトに売れているというのです。キー局などでは既にそうして作られた番組が海外で放送実績を上げているケースもありますが、まだまだ少ない試みです。

開発番組の場合、大抵はひっそりと単発放送されるのみですから、人気番組という売り文句は通用しません。それでも、インフライト担当のバイヤーに持ち込み、視聴してもらったところ、「これは面白い」と契約を成立させています。

そのひとつが「BACK SHOT(愛するバックショット)」というタイトルの番組です。内容は参加者の父親や母親、子ども、恋人などの背中を当てるといったシンプルな設定ながら、ほろりと泣けるハートウォーミング系のリアリティーショー。当初から番組コンセプトを初め、セットやロゴ、音楽等すべて海外展開を見越して作られましたこの番組が北米やヨーロッパ、中東系の航空会社など幅広い地域で売れているのです。これまで『なるトモ!』など情報番組の制作経験のある多賀氏自身がこれらの開発番組に関わっていることも契約成立の背景にあるでしょう。

実際に日本のバラエティ番組の企画力は海外で高い評価を得ています。「国内だけでなく海外、配信用にも全ての権利がクリアされた「オールライツ」の番組が増えていけば、市場は世界にもっと広がるはずです」と話す多賀氏。可能な限り、作っていくべきだと私も思います。

そうそう、最近はインフライトバイヤーから「羽生結弦選手の番組ないですか?羽生結弦選手が出演しているものなら何でもいいです」と言われているそうです。そんな時、指をくわえて売れるチャンスを見逃したくないものです。

【文・長谷川朋子(はせがわ・ともこ)】

執筆者プロフィール
テレビ業界ジャーナリスト。放送業界専門誌のテレビ、ラジオ担当記者。仏カンヌで開催されるテレビ見本市MIP現地取材歴は10年。番組コンテンツの海外流通ビジネス事情を得意分野に、多数媒体で執筆中。「Yahoo!個人ニュース」「日経トレンディネット」「マイナビニュース」「オリコン」「週刊東洋経済」など。国内外で番組審査員や業界セミナー講師、ファシリテーターなども務める。